毎日カメラ

カメラと写真について

OLYMPUS XAの正しい使い方  

年始、最初の使用カメラはOLYMPUS XA。
 OMにくらべ、かなりたよりないファインダーを覗いての撮影は、手応えを感じないふわふわとしたものです。
 連動距離計による二重像合致は、操作部の小ささゆえ、さほどスピーディーとは言えず、、面倒くさくなって絞り気味にして目測する始末。
自転車置き場
  OLYMPUS XA ネオパン100
 少し絞ってゾーンフォーカス式で撮ったものですが、レンズが良いのか、フィルムが良いのか、
 シャキッとした写りではないでしょうか。

  
これならゾーンフォーカス式という事になります。
 XAの正しい使い方とは言えない。
 XAは、小さいカメラのくせに「構えて撮るカメラ」なのかもしれません。
たよりないファインダーのXA
 たよりないファインダーの OLYMPUS XA


人の眼 レンズの眼  

人の眼 レンズの眼
大学の池2
 撮影時私は、このマンホールの蓋を有した突堤しか捉える事ができていませんでした。
 よって、撮影時にはコンクリの突堤とマンホールの蓋を主題として捉えていたのです。黒く汚れたような水面などにはまったく意識を持っていく事などしていませんでした。
 しかし現像し陽画にして確認してみますと、どうやら主題は黒く汚れた水面に写る逆さ像と浮き草のような気がします。
 人(私)が認識する事象とレンズの描写はかけ離れているというのは、周知の事でしょうか。
だとすれば、、直感的に天地逆像でも良いのではないかと思うのです。
大学の池2-2
   OLYMPUS XA ネオパン100

 写真とは、しょせん酔狂で、人を欺くものなのでしょうか? 

  追伸 女性写真(さほど美人ではなくとも)を天地逆にして見ると、かなりの美人に見える、、、。   実は今、焼酎(さつま白波)を飲んで少し酔ってます。
 

写真は下衆の極みに堕ちた。  

 今や、写真のピント合わせは撮影後の作業で自由に決められるようになってしまったようです。
 フォーカスセレクトモードだと?
 撮影するという行為の緊張感をまったく欠いた、いわゆる、撮影者はカメラの下衆扱いである。下衆の極みである。
 
 そんな事を知ってしまったら、これから、どんなにすばらしい写真を見ても緊張感を感じない堕落した作品に見えてしまうような気がします。
かいせい紙飛行機
OLYMPUS XA ネオパン100

なにしろ撮影時リアルを伝える手段が写真であるはずだからです。
 リアルとは、潔しという事であると思うのですが、このフォーカスセレクトモードの
ねちっこさというか、卑怯というか、とにかく昨今のデジタルカメラは撮影者を堕落たらしめる。

 もっとも、撮影時のイメージを後処理で補正するというような事は昔のリアルな暗室作業としてもあったわけですが、
だからといって、それを見越して撮影をおざなりにしていたわけではなかったはずです。


あっぷあっぷと、、  

、、、ただ酔うだけなら、カメラと写真においての自己喪失であります。
 デジタルカメラなどの機材の高度化によって、誰もが一様に、それなりの「鑑賞に耐えうる写真」ができてしまう今の時代、誰もが無個性になりつつあるような気がします。
 こんな時代だからこそ、
列車通過
  OLYMPUS XA ネオパン100

一昔前のフィルムカメラの心得を大切にしたいと思うのです。それはデジタルの波に没しそうな自身の個性を、あっぷあっぷと息継ぎするような、
抗いであるのかもしれません。




 

撮るものを選ぶXA  

やはりXAは、扱いにも作画するにもちょっと制約があるカメラ。
 XAでもいいかな?と、撮る対象を観察したほうが良さそうです。良さそうというのは、XAに相応しいものかどうかという見極めを愉しむという事になるかと思います。
ブラインド2015_3月
    XA 絞り5.6(だったか)  ネオパン100

 目アタリしだいに写真を撮る事も楽しい事ですが、「一枚を撮る」という事の難しさも愉しみであります。

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